どうも、ドロッポ医界の女王様、Castella (@Rainha_Castella )です。普段は医師免許持ってることも忘れて、優雅で怠惰な隠居生活しています、
医師辞めて10年。思えば、10年前の医療業界は(今もだけど)超絶ブラック職場…この記事書いてから2021年1月6日現在、3年以上経っちゃったよ。13年だよ。すごいね。
国立大なら、医者になるのに、税金1人8,000万円も使ったんだから、月6回くらいの当直(労働基準法上は夜勤だけどネ)で根を上げるは軟弱。寝る暇あるんなら勉強しろ。僻地でもどこでも行って、1日36時間働くのは当然。らしいよ?
あれ? 1日24時間だっけ? 計算合わない。ま、いいか。
まだ、勤務医の先生たちは、税金8,000万円使った? ことのご恩返しに、スープ吸って麺が4倍くらいに膨張したカップラーメン食べながら、毎日寝る暇削って仕事してるのかしら?
なお、既に、心身共にギリギリな感じな先生方におかれましては、バイトしつつの半隠居生活をお試しください。。過労死する前に逃げろ、びゅーん。
目次でサクッと把握
いきなり結果とまとめ
今からウダウダ書くことを一枚の図で示すと、以下のとおり。
要点:
- 確かに国立医学部に国から支給される金額は大きいが、卒業までの教育に使われているお金は、人件費実費を入れても工学部の1.5倍にすぎない(医学部は6年で、工学部は4年。年間費用は同じ。)
- これは、10年前に計算して出した結果と同じ。10年前に出した結果は「医師養成にかかる費用は人件費なしで350万円〜700万円くらい、人件費の「教育」部分入れても1500万円。つまり、年間費用は他学部と同じ。」
- 病院で働いている助教以上(教員)の給与にかかる費用を医師養成費にすり替えた結果が8000万円の正体。なお、教員が年間に”医学部生の教育”に使う時間は診療時間の1/10もない。
- 税金8000万円使った伝説に騙されずにさっさと逃げろ。
なお、逃げる場所の確保は、ここら辺でどうぞ:
なぜ、医師1人8,000万円伝説を検証しようと思ったか
昔、計算したことがあったけど、昔はしがらみがありすぎて、自分1人で眺めてニマニマするにとどまったので、今回はブログ記事として、世に出してみようかなと。
もう少し詳しく書くと以下の通り。
10年前に読んだブログとの再会
医者1人作るのにいくらかかってようが知ったこっちゃなかったんですが、当時「医者辞めるにあたって、色々ウダウダ言われたらウザい」と被害妄想全開でピリピリヒリヒリしてたんで、調べておいたんです。結局、ピリピリしてたのは私だけで、平和に辞めて平和な隠居生活が続いてるんだけど。
でも、こういうこという人もいるしね。思慮深い偉い人の中にも。
医学部を出て専業主婦をやるのは社会的な犯罪に近い。 RT @ragazza103: 医者不足問題の一端に女子の医学部合格率が上がったから、なんて事も言われたりしてるんだよね
— 池田信夫 (@ikedanob) June 4, 2011
で、昨日まで忘れてたんだけど、その当時、出会ったブログ記事は、D先生の「医師育成に一人一億円の税金がかかる、という都市伝説」。
それ読んで、あれ? 医者一人作るのに教育費正味700万円? 病院の建物の施設費とか医学部生「だけ」が使っていると仮定して、雑に計算しても3,000〜4,000万円? 思ってたのと違う??? って思ったわけ。
で、自分でも計算したら、やっぱり人件費除いたら350万円〜700万円くらい。人件費入れても1500万円くらい。つまり、他の理系学部と大して変わらんってことがわかりました(当時)。
そして、昨日、D先生のブログを読んだのよ、今回は偶然。計算方法はあの時の私とは違うけど、相変わらず切れ味鋭い。古さを感じない。
10年前から日本人の働き方は変わらない
10年前、私が医者やめた理由は色々あるんだけど、その一つが、日本とカナダの両方で真面目に産業医学やって、過労死/過労自殺するような日本の働き方は阿呆らしいと心底思ったから。
職業による健康障害を予防するのが産業医の仕事なのに、長時間労働しても過労死も過労自殺もしないような健康管理をするのが産業医の仕事みたいになっちゃった。もちろん、そんな都合のいい健康管理など、存在しません。それどころか、熱心に産業医として仕事をすればするほど、ギリギリの状態で働かせる従業員を増やす感じ(当時)。
アレだよ、戦地で負傷した兵隊さんを治療して戦地に送って、また負傷したらまた送っての境地。「これ以上働くと体も家族も壊すよ、休め(辞めろとはさすがに言えなかった。今なら言う)。」って言ってるのに、兵隊さん現場で働く人って良い感じに洗脳(?)されてるので、戦地仕事に戻りたがるんだよね。。。
って思ってたけど、マシにならなかったね。
10年前から日本の医師の働き方も変わらない
疲弊してたのは一般の職場だけじゃなくて、医療現場もそう。
今の医療現場も疲弊してるけど、当時もやっぱり疲弊してて。
で、疲弊した医療をなんとかしようって議論の時に「偉い人達から」出てくるのは、いつも以下のような意見。よく覚えてるよ! 当時、私、カナダで大学院生やってて、日本の外から、日本の医療を眺めてたから。
偉い人から出てくる疲弊した医療をなんとかするための方法
- 医師は修練積むのも自己研鑽も仕事のうちだが、それは労働ではない
- 医師が勤務しているのは診療の時間だけ、しかも労働者ではなく管理職だ(最近は、この部分では労働者と認められているようです)
- 医師養成には1人当たり8000万円〜1億円もの国のお金が使われているんから、僻地への勤務も長時間勤務もむしろ自発的にご恩返しのつもりで行うべき
特に尊敬してるような立派な先生出てくる言葉だと、若くてやる気のある優秀な医師は、「その通り!」って頑張っちゃうんだよね。
って思ってたけど、マシにならなかったね。
10年前から同じこと言ってる偉い人たち
最近になって、国をあげて「働き方改革」してるじゃない? そこら辺についても色々語りたいけど、とりあえず、サイボウズ式ってサイトのここら辺:「プレミアムフライデーってありがた迷惑ですよね?」と日経新聞で意見したら、経産省がやってきた──サイボウズ青野慶久と「日本人の休み方」を議論 に激しく同意なので、読んでね。
それより、日経メディカルの記事:労基署に踏み込まれる前に医療界がすべきことを読んで、しみじみしちゃったよ。10年前から、ほんっと、なんっにも変わらないし、変える気もないんじゃなかろうか。会員限定のページなんで、引用できないけど、興味がある方は入会して読んでね。内容を雑にまとめると、以下の通り。
労基署に踏み込まれる前に医療界がすべきこと
- 医師は修練積むのも自己研鑽も仕事のうちだが、これを労働と区別するのは労基署の人間には無理
- 労基署には、修練や自己研鑽と労働の区別がつかないだろうから、現場で医師をしている我々がこの区別をつける作業をする
- 医師養成には国立大なら1人当たり8000万円、私立大でも数千万円もの国のお金が使われているんから、僻地への勤務も長時間勤務もご恩返しのつもりで行うべき
労基署に踏み込まれると困る働き方を勤務医達がしてる前提なのが、もうね。
今も消滅しない「医者1人養成するのに税金8,000万円使われてる説」
やっぱりそのくらいかかるんじゃないの?
立派な先生方がおっしゃる「国立大なら医師養成1人あたり8,000万円の国のお金」の根拠
根拠のようなもの1:(社)日本私立医科大学協会の「医学教育経費の理解のために」
立派な先生たちがおっしゃっている医師一人の養成にかかる「税金」の根拠は、(社)日本私立医科大学協会が毎年出している「医学教育経費の理解のために」辺り。
この冊子によれば、私立医学部1年あたり140億円の予算が必要で、医学部定員(私立は学年140程度)で割ると、医師1人養成するのに1億円以上のお金が必要。私立医学部では平均すると医師養成費用の15%が国のお金で賄われており、国立医学部ではその予算の80%が国のお金で賄われている。このことから、国立医学部では1人当たり8,000万円の国のお金が使われると計算される(らしい)。
根拠のようなもの2:医科大学の財務諸表の経常費用
どこの病院や大学でも財務諸表は公表されています。もちろん医科大学でも。で、その中で、国から大学に支払われるのが運営費交付金と補助金(=税金)。
支給される運営交付金と補助金は、大学によって少しずつ違うんだけど、単価の医科大学をみる限り「運営費交付金+補助金』の合計はだいたい45奥円〜55億円。これを医学部定員で雑に割ると(単科の医学部には看護学部も併設されてされているが、看護学部に1円も使わないと仮定して)国公立医学部では1人あたり、5,000万円の国のお金が使われると計算される(らしい)。
大学が教育費として国から得ている収入(運営費交付金や補助金)から見る医師養成費用
ブログに積極的に嘘を記載するつもりはありませんが、知識不足や勘違いのために、結果として嘘になることがあることはありえます、なんせ私、ドロッポ医だしw ってことで、ご一緒にどうぞ!
さあ、さあ! ご一緒に!
各大学から公式に発表されている財務諸表を見てみよう
各大学から公式に発表されている財務諸表を見てみましょう。収益のところに「運営費交付金」とか「補助金」っていうのがありますね。それが、国からのお金で、税金から成り立っています。他にもちょこちょこありますが、額が小さいのでここでは無視。
運営費交付金や補助金は、大学によって額が違います。
計算しやすいように医科(単科)大学の和歌山県立医科大学を例にとると、
=4,612,289,000円(約46.1億円)
参考資料:平成28年度 和歌山県立大学 財務諸表
大学の保健看護学部や大学院が1円も国のお金を使わないと仮定して計算
和歌山県立医科大学には保健看護学部や大学院もあるのですが、これらの学生が1円も使わないという(無茶な)仮定をすると、医師1人養成するのに、約4,612万円になります。式は以下の通り(医学部1学年あたり100人定員、卒業までの年数6年として計算)。
+保健看護学部のと+保健看護学部&大学院のも計算してみよう
+保健看護学部 :46.1億円 ÷ 920人 x 6年間 = 約3,008万円(1年間約501万円)
+保健看護学部&大学院:46.1億円 ÷ 1,075人 x 6年間 = 約2,574万円(1年間約465万円)
医学部医学科:100人/学年 x 6学年 = 600 人
保健看護学部:80人/学年 x 4学年 = 320 人
助産学専攻科:10人/学年 x 1学年 = 10 人
保健看護学部大学院修士過程:12人/学年 x 2学年(3年)= 24 人
保健看護学部大学院博士過程:3人/学年 x 3学年 = 9 人
医学科修士課程:14人/ 学年 x 約2学年(不定)=28 人
医学部博士課程: 42人/学年 x 約2学年(不定)=84 人
合計:1075人
それに、大学によって運営費交付金や補助金が違うんなら、1億円近く使ってる大学もあるんじゃないの?
工科(単科)大学はどうだろう?
計算しやすいように工科(単科)大学の東京工業大学(国立)を例にとると、
これを東京工業大学学生4,272人(1学年の定員1068の1年生から4年生まで)で割って4倍(4年間)する。
224億円÷ 4,272 x 4 = 約2,100万円(1年間約520万円)
224億円÷ 13,149 x 4 = 約680万円(1年間約170万円)
学士過程学生数:4,272人(1〜4年生の合計)
修士過程学生数:3,718人(1〜2年生の合計)
博士課程学生数:5,159人(1〜3年生の合計)
合計:13,149人
収入側からみる医師養成費用のまとめ
よいしょ。
まとめます。
- 医師1人養成するのに6年間で2,574万円(医学部医学科生だけに使われるのなら4,612万円)の「運営費交付金+補助金(税金)」が、大学に支給されている
- エンジニア1人養成するのに4年間683万円(学部生だけに使われるのなら2,102万円)の「運営費交付金+補助金(税金)」が、大学に支給されている
大学の教育費としての支出(教育経費、教育研究支援経費、教職員人件費)から見る医師養成費用
運営費交付や補助金は、大学に入るお金側から見た医師養成費用ですが、今度は、大学から出て行くお金側から医師養成費用を見てみましょう。
和歌山県立医科大学には、特に思い入れがあるわけじゃないのですが、熊野那智大社に行きたいし、和歌山良いところだよね〜♪ なんて思っているので、行きがかり上、このまま和歌山県立医科大学にご登場いただきます。また、東京工業大学にも特に思い入れがあるわけじゃないのですが、単科の工業大学で超有名なところって、そこ以外に思いつかなかったので(無知ゆえ)、このままご登場いただきます。
学生に使われる費用は、教育経費、教育研究支援経費、教職員人件費
上と同じことをやって得られたのが下表。教職員人件費の補正については、後述します。
「大学+大学病院の人件費」のうち、診療に割かれる人件費の予測を立て、教職員人件費を補正
単科の医科大学は、必ず研修のための病院を持っています。これが、人件費をややこしくします。
なぜかというと、教員人件費は、医師養成の費用計算に組み込まれていますが、教員はその時間の半分以上(たぶん9/10)の時間を教育ではなくて病院での診療に費やすからです。臨床科目は臨床ができる先生に教わらないと意味がないので、診療は必要不可欠だし、教育と臨床(と研究)は、きっちり分けられるものでもないんだけどね。
そういうわけで、和歌山県立医科大学付属病院の「診療」の部分に費やす人件費を国立病院の診療に要する人件費で補正します。
診察収益(当該付属病院では282億円)を上げるためには、その約45〜55%の人件費をかける必要がありますので、和歌山県立医科大学では、約127億円〜155億円が診療用の人件費ということになります。間をとって診療人件費は50%(141億円)かかることにしましょう。
和歌山県立大学付属病院の教員+職員人件費は163億円。141億円との差額である約22億円(13%)が、純粋に教育用の人件費ってことになりますね。これは、私が大学で教員してた時に、”教える”ことに使っていた時間(約1/10)ともほぼ合致します。繰り返しますが、そんなにきっちり分けられるものでもないってことは承知しております。
支出側からみる医師養成費用のまとめ
教職員が病院での診療業務に割いている時間(費用)を補正すると、以下のようになります。
- 医師1人養成するのに6年間で、2,759万円(保健看護学生+大学院生もカウントすると1,540万円)の「教育経費、教育研究支援経費、教職員人件費(教育費)」が使われる
- ちなみに医学部の人件費を除外して、教育経費と教育研究支援経費だけなら6年間で、569万円(保健看護学生+大学院生もカウントすると318万円)
- エンジニア1人養成するのに4年間2,931万円(大学院生もカウントすると951万円)の「教育経費、教育研究支援経費、教職員人件費(教育費)」が使われる
- ちなみに工学部の人件費を除外して、教育経費と教育研究支援経費だけなら4年間で、918万円(大学院生もカウントすると298万円)
乱暴な言い方をすれば、以下のようなことも言えちゃう。
- 医師1人養成するために国から支給される「運営費交付金+補助金(4,612万円)」の約3.5倍以上(16,281万円)が人件費だが、その87%(14,164万円)は、医学生教育のためではなくて、大学病院での診療の人件費(教員である医師や看護学部付属の場合は教員である看護師の給料)として使われる
- 病院ので診療に当たっている医師や看護師の人件費分まで教育費としてカウントした挙句に、「1人8,000万円(和歌山県立医科大学なら4,612万円)」もの税金使ってるんだから、僻地で寝る暇削って働けっ」ていう理屈はおかしい
おまけ
長くなるので詳細は書きませんが、私の雑な計算によると、公立小学校で90万円/人・年間、公立中学校で100万円/人・年間の国のお金が使われています。義務教育9年間だけで、国民全ての1人1人に840万円かかってます。そのうち7割が人件費(先生たちの給料)です。
結果とまとめ
上でウダウダ書いたことを一枚の図で示すと、以下のとおり(再掲)。
大切なことなので、要点をもう一度書きます。
- 確かに国立医学部に国から支給される金額は大きいが、卒業までの教育に使われているお金は、人件費実費を入れても工学部の1.5倍にすぎない(医学部は6年で、工学部は4年。年間費用は同じ。)
- これは、10年前に計算して出した結果と同じ。10年前に出した結果は「医師養成にかかる費用は人件費なしで350万円〜700万円くらい、人件費の「教育」部分入れても1500万円。つまり、年間費用は他学部と同じ。」
- 病院での診療費を医師養成費にすり替えた結果が8000万円の正体。
- 税金8000万円使った伝説に騙されずにさっさと逃げろ。
あとがき:伝説に縛られて、過労死/過労自殺しないで
医学部や付属病院の施設維持に対する国からの援助金や、付属大学で診療に必要な人件費を、医者育成の為「だけ」に使われている費用だとすりかえた結果が、1人育成8,000万円の税金という都市伝説の根拠です。
全国に国立大学医学部は42あり、29,640人の国立大医学生がいます。1人あたり8,000万円投入すると約2.4兆円。この都市伝説が正しければ、文教&科学振興の国家予算が5.3兆円ですから、その45%が国立大医学生「だけ」に使われてることになる。ちょっと考えれば、その荒唐無稽っぷりは分かりそうなのものなのに。
そして、この伝説を、一般の人だけでなく、過労寸前で働いている医師本人やジャーナリストまであっさり信じてしまい、訂正しても訂正しても受け入れられないことに、私はいい加減うんざりしています。
そもそも、国のお金を投入したんだから、ウダウダ言わずに働けという理屈自体が、控えめに言って クソ おかしいわけです。なんでそんな伝説にとらわれて、今日もでんでろりんに伸びに伸びたカップラーメンすすって夜遅くまで働いてるんだか。
医療現場での過酷な労働強化の中で理想と生活を蔑ろにされ、使命感を搾取されている先生方におかれましては、ワタクシのようなドロッポ医。。。になると、私の美味しいバイトが減るので、ドロッポせずに消耗せずに済む職場へのご転職をご検討されてはいかがでしょうか?
その後も、テキトーに平和に生きてたんで、調べたこと自体を忘れてた。